研磨前
回転バレル研磨機「KT-2000(HY-19B)」を使い、金庫からでてきた10銭アルミニウム青銅貨を磨いてみることにしました。硬貨の素材は銅95%とアルミニウム5%の合金となり、現在発行されている硬貨には使われていない合金組成です。直径22.0mm、量目は4.0gなので、4.0gの貨幣1枚あたりで概算すると、銅 約3.8g、アルミニウム 約0.2g です。
上の写真は、研磨前の10銭アルミニウム青銅貨です。この貨幣は昭和13年(1938年)に初めて発行されたもので、明治以降に作られた近代貨幣の中では比較的新しい時期になるため、現存品の中には、図柄がはっきり残っているものが多く見られるようです。そのため、ぱっと見ただけでは現在の5円硬貨を思わせるほどきれいに感じられます。実際に老眼がはいってきたわたしには、細部の図柄や書体をよく見ないと、現在発行されている5円硬貨と見間違えてしまいそうになります。
STEP① 洗浄
基本的に金属メディアには様々な形状が混在した混合タイプのステンレスピンを使用しています。ただし、硬貨の表面には細かな凹凸があるため、凹部まで十分に当たりにくく、細部を均一に磨くことができません。
そのため、球状メディアに加えて、より細部に入り込みやすい直径0.3mmのピン状メディアも混合しています。
なお、メディアの装入量は、バレル槽の容積に対しておよそ25%(1/4)を目安としています。セラミックメディアより比重が大きいため、これ以上メディアを入れると内容物が重くなりすぎて、バレル槽自体が正常に回転せず、ローラーとの間で空転が起こりやすくなるからです。
今回は硬貨をおよそ20枚投入しました。なお、ワークの装入量の上限は、バレル槽の容積に対して約25%(4分の1)を目安としています。これを超えて投入すると内容物が多くなりすぎて槽内の流動性が低下し、さらに重量が増すことで、バレル槽が正常に回転せず、ローラーとの間で空転が起こりやすくなるためです。
水量は、バレル槽の容積に対して約50%(1/2)を入れました。比重の大きいメディアを使用する場合は、水量が少ないと十分な流動が生まれず、バレル槽が空転しやすくなるため注意が必要です。
粉末洗濯洗剤を大さじ2杯加え、回転バレル研磨機の回転数を低速(スピード1)に設定して約2時間研磨しました。
洗浄後の段階では、表面に付着していた油分は除去できたものの、この時点では汚れを完全には落としきれておらず、酸化被膜や変色層も十分には除去できていませんでした。そのため、表面に曇りが残っており、光の反射もおとなしく、硬貨ごとの明暗や色味にばらつきが見られます。図柄や文字は十分に確認できますが、輪郭の立ち上がりや面の輝きにはまだ控えめな印象があります。
このため、粉末洗濯洗剤のような一般的な洗剤を使用する場合は、バレル研磨用コンパウンドに比べて洗浄力が劣るため、同等の効果を得るには研磨時間をより長く取る必要があると考えられます。こうした点から、変色している硬貨に光沢をだしたい場合は、洗浄工程においても、洗浄作用のある回転バレル研磨用コンパウンドを使用するのが適切だと感じました。
STEP① 光沢仕上
次にメディア、硬貨、水の投入量は洗浄工程と同じ条件とし、ピンクコンパウンドを適量加えたうえで、約2時間回転バレル研磨を行いました。
光沢仕上げ後は、硬貨表面の反射が明らかに均一になり、全体の色調もより揃って見えます。洗浄後に見られた鈍い曇りが薄れ、表面にやわらかな金属光沢が加わったことで、波・旭日・菊花紋・二重桜花や文字がより見やすくなりました。
平坦部では光を強く反射しており、硬貨の近くに置いたメジャーの目盛りが映り込んで読み取れるほど、鏡面に近い反射が生まれています。
10銭硬貨に見る戦前・戦中・戦後の時代背景
10銭アルミニウム青銅貨が短期間で姿を消した理由
今回磨いた10銭アルミニウム青銅貨は、昭和13年(1938年)から昭和15年(1940年)にかけて発行された貨幣です。わずか3年間という短い発行期間にとどまっていることから、なぜこれほど早く姿を消したのか、その背景について調べてみました。
10銭という額面そのものの歴史はさらに古く、金本位制の時代である明治3年(1870年)から昭和21年(1946年)まで、およそ76年にわたって発行され続けました。戦前・戦中・戦後という激動の時代をまたいで流通した貨幣であり、細かな差異を除いても約9回ほどデザインや素材が変更されています。こうした変化の背景をたどると、日本の近代史や戦時体制の影響が色濃く反映されていることが見えてきます。
10銭 銀貨幣 | 今では考えにくい銀製の硬貨
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 銀貨幣 | 1870 | 銀80%+銅20% |
| 10銭 銀貨幣 | 1873-1906 | 銀80%+銅20% |
| 10銭 銀貨幣 | 1907-1917 | 銀72%+銅28% |
最初期の10銭硬貨は、1870年(明治3年)から1917年(大正6年)頃まで銀と銅の合金、いわゆる銀貨として発行されていました。純銀のままでは柔らかくすり減りやすいため、銅を混ぜて純度を800にして硬くしていました。その他に、銀の価格が高騰した際に溶かされてしまうのを防ぐ目的で、あえて銀の量を額面より少し少なめに設定する工夫もされていたようです。
10銭 白銅貨幣 | 第一次世界大戦で銀が暴騰
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 白銅貨幣 | 1920-1932 | 銅75%+ニッケル25% |
第一次世界大戦によって銀の価格が暴騰し、貨幣1枚あたりの銀の市場価値が10銭を超えるようになりました。(鋳潰し)すなわち、貨幣をドロドロに溶かして、元の金属の塊に戻して海外に流出したり、不足したりするリスクがあったため、銀貨をそのまま発行し続けることが難しくなりました。
その結果、紙幣である大正10銭政府紙幣が登場し、さらに1920年(大正9年)には銅75%とニッケル25%の合金である白銅貨へと素材が変更されました。この組成比は、現在の50円と100円硬貨と同じです。
10銭 ニッケル貨幣 |「金属の貯金箱」代わり
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 ニッケル貨幣 | 1873-1906 | ニッケル100% |
その後、1933年(昭和8年)になると、白銅貨に代わって純ニッケル製の10銭貨が製造されるようになります。ニッケルは鉄より錆びにくく、すり減りにくい、磁石にくっつくため偽造防止に役立つなど、お金の材料として非常に優れています。
満州事変以降、日本は準戦時体制へと移行していきました。ニッケルは耐摩耗性が高く、軍需産業でも重要な金属ですが、日本では主に輸入に頼っていました。そこで、いざ輸入困難になった場合のことを考えて、お金を回収して兵器の材料にしようという国策(備蓄)として、あえてお金の形にしていました。
10銭 アルミニウム青銅貨幣 | 戦争が生んだ臨時補助貨幣
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 アルミニウム青銅貨幣 | 1938-1940 | 銅95%+アルミニウム5% |
そして1938年(昭和13年)、戦時体制の強化に伴い「臨時通貨法」が制定されます。これは、戦争などの非常事態のときに「臨時補助貨幣」と呼ばれる戦時貨幣を発行できるようにする法律でした。
今回磨く10銭アルミニウム青銅貨は、この法律制定後に初めて登場した補助貨幣のひとつです。時代が次第に軍国主義色を強めていく中で、戦争という当時の時代背景を強く反映して、軍旗にも採用されている旭日(きょくじつ)が採用されています。
10銭 アルミニウム貨幣 | 銅の調達が困難に…
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 アルミニウム貨幣 | 1940-1943 | アルミニウム100% |
戦局が長期化すると、薬莢・雷管・銅線などに使われていた銅の金属資源の確保が次第に困難になっていきます。その結果、1940年頃から10銭硬貨はアルミニウム製へと切り替えられました。
さらに1941年に太平洋戦争が開戦すると、航空機の製造に大量のアルミニウムが必要となります。そのため、同じ直径の硬貨でも、昭和15年と昭和18年のアルミニウム貨を比べると、後者の方が薄く作られており、金属の節約が行われていたことが分かります。
10銭 錫貨幣 | 軍用機が激しく消耗する…
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 錫貨幣 | 1944 | 錫93%+亜鉛7% |
1943年になると航空機の消耗が激しくなり、アルミニウムはほぼすべて航空機生産へ優先的に回されることになります。ちなみに、特攻隊員が体当たり攻撃に使っていた零戦も、主にアルミニウム合金で作られていました。
このため、アルミ不足になった頃の貨幣材料は、当時の占領地域などから比較的入手しやすかった錫や亜鉛へと変更されました。
しかし、錫は融点が低く柔らかいため、貨幣材料としては耐久性が低く、偽造貨幣を作りやすいという問題も抱えていました。さらに海上輸送の困難などにより金属の供給自体が途絶え始め、10銭硬貨の製造はまもなく中止されてしまいます。
10銭 陶貨幣 | 深刻な金属不足…
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 陶貨幣 | 未発行 | 粘土+長石 |
金属不足が深刻化した1944年(昭和19年)には、ついに金属以外の素材による貨幣の研究が進められました。そこで採用されたのが、粘土と長石を主原料とする「陶貨」です。京都・愛知・佐賀の陶磁器産地で生産が始まり、1銭・5銭・10銭の三種類が合計約1500万枚製造されたと記録されています。
しかし国内流通に必要な数量には遠く及ばず、正式発行が見送られている間に終戦を迎え、多くは破砕処分されました。近年になって京都の企業倉庫から大量の未発行陶貨が見つかったというニュースもあり、戦時下の異例の貨幣として注目されています。
10銭 アルミニウム貨幣 | 小さな硬貨に刻まれた激動の時代
| 貨幣 | 発行 | 素材 |
| 10銭 アルミニウム貨幣 | 1946年 | アルミニウム100% |
終戦後に発行されたアルミニウムの10銭硬貨のデザインは、戦時期のものとは大きく変化しました。軍国的な意匠から一転し、現在の硬貨にも採用されている稲穂や桜といった日本の自然や文化を象徴する穏やかな図柄が採用されます。
こうして振り返ると、10銭硬貨の素材やデザインは単なる造幣技術の変化ではなく、その時代の経済状況や戦況を色濃く反映していることが分かります。小さな硬貨の変遷をたどることで、日本が歩んだ激動の歴史と、戦時下の厳しい社会状況を垣間見ることができるのです。
























































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